空はもう赤くなっていた。
いつもならこんな時間まで、外出していることは無い。
ポツポツと独りで歩く少女の背には、哀愁というか何と言うか・・・表現しがたい雰囲気。
「づぁぁーっ、くそ、メガネめ!!課題忘れたからって1からやり直しなんてどうかしてる!!」
まぁ、最初から課題なんてやってなかったけど、と小声で続ける。
「、聞こえてるぞコラァァ!!!!」
「ひぇっ、さよおならせんせぇぇぇ!」
グランドに面した職員室に悪態をついた少女は、ついで聞こえてきた男性教師の怒鳴り声に走り出した。
窓から顔を出した教師は、少女の言ったとおりに特徴的なメガネをかけていた。
しかし教師も本気で怒ってなどいない。
まったくあいつは、と、笑いながら呟く。
どちらかといえば、少女・とのじゃれ合いのようなものだ。
こんな風にして、はいつも学校中とコミュニケーションを活発に行っていた。
は、なにも積極的に勉強や進路に関する相談に行くわけでもないし、特別気に入られるようなこともしていない。
むしろ宿題はやってこない・授業中に寝る・注意されてもやっぱり寝る・今時授業中教科書で隠れて早弁をする、
その上成績は下の下というダメ生徒代表だ。
しかし悪運だけは強いのか、一切勉強をしたことも無いくせに、はいつもギリギリで赤点だけは逃れていた。
一体お前には何が憑いているのか、よく聞かれる。
けれど決まってはヘラヘラと笑って、多分諭吉辺りが背後霊なんですねぇと言う。
その背後霊はいつも違う名前で、自身も、そんな風に適当に言ったことは覚えていない無責任な現代人の典型だった。
それなのに何故か気に入られてしまうのは、の才能と言ってもいい。
「ー、今終わったの?メガネのお説教!」
「お説教より辛いよー!!課題やらされた!もう腕が疲れるったら・・・私、テスト以外で長時間ペン持ったこと無いのに」
「馬鹿、そりゃメガネの『次忘れたら居残りだからな!!』て警告無視したおまえが悪いよ。んじゃまた明日ねー」
「んん、お疲れー。」
校門に近いところで、1人のジャージ姿の女子がに声をかけた。
彼女はさっきのメガネ教師の声色を真似ると、笑った。
部活中なのだろう、汗をかいている。
は彼女と2、3言交わすと、すぐ学校の外へ出た。
「あ、言い忘れたけどメガネの真似、似てない」
「うるさい、さっさと帰れ!」
さっきの教師のときと同じように、は笑いながら走り出していた。
「ただいまー!」
は勢いよく自宅のドアを開け放った。
これでリビングから顔を出す母、とかそういうシチュエーションがあれば、最高だった。
けれどの帰宅時間に家族が居ないのはいつものこと。
は鞄をソファに放り投げ、ダラダラと冷蔵庫を開けると牛乳を取り出した。
はそれを小さなペットボトルに半分くらい注ぐと、パンの袋を持ってもう一度外に出た。
行き先は、家の近くの公園だった。
そこはほんの小さなところで、ブランコと、滑り台と、ボロボロになったシーソーがあるくらいだったけれど、
周りには木が茂っていて、は昔からその公園を気に入っていた。
は足取り軽くその木の中に入っていく。
手には牛乳とパン。
「・・・おーい、犬?元気?ちゃん参上だよー」
ガサガサと草を踏み鳴らして、はお目当ての場所にたどり着いた。
ふやけたダンボールと、その中で尻尾を振る白い子犬。
子犬は待ってましたとばかりにダンボールから飛び出て、に飛びついた。
・・・しかし。
「
ギヤァァァごめっ、ほんとごめんでも私、犬はダメ!ダメなの!!離れて!!
」
尋常でない叫び声とともに、飛び上がる。
子犬も子犬で驚いて、から離れた。
なぜか犬とだけはどうしても相容れないは、その子犬から遠く離れたところでアルミの皿に牛乳を注ぎ、
パンをその横に転がして、そぉっとそこに置いた。
子犬はまだ遠巻きに見ている。
「・・・どうぞ、召し上がってください」
皿を置いた場所からまた遠くに行ってしゃがみ込んだは、そこから子犬にOKを出した。
そして走り寄ってきた子犬が、の用意したゴハンに飛びつくのを見て、は笑った。
「ごめんねぇ、犬が苦手じゃなかったら、飼ってあげられるのに。私、ゴハンあげるくらいしかできなくて」
苦手なら、世話なんてしなければいい。
そう思えないのがの難点でもあったし、他の人にはめったに見られない宝だった。
言ったの笑顔は少し哀しげで、無邪気にパンに噛り付く子犬への愛しさが見て取れた。
は子犬が食べ終わったのを確認すると立ち上がって、帰ろうとした。
けれどいつもは食べ終わってすぐダンボールに戻る子犬が、今日に限って走り出した。
・・・しかも、道路に向かって。
気がつけば、はもう走り出していた。
「ダメ、そっち道路!!轢かれるよ!!」
そう言っても動物に分かるはずもない。
遊んでもらっていると勘違いした子犬は、どんどん走るスピードを上げてゆく。
早くしないと、もう林を抜けてしまう。
足の指に力を入れ直したのと、ある2本の木の間を通り抜けるのは同時だった。
「え・・・・・・犬?どこ?」
力を入れたはずなのに身体がフワっと浮いた気がして、は前へ倒れこんだ。
急いで前を向いたけれど、走ってゆく子犬の姿は何処にもなかった。
音を立てて地面と擦れた膝が痛む。
しかし幸い皮がめくれただけで、大した怪我ではなさそうだった。
はさっきまで子犬がいた方向めがけて、また走り出した。
あのスピードでは、もう道路に出てしまっているだろう。
これ以上離れる前に、助けなくては。
夢中だった。
その林の様子・・・地面が、木が、草が、いつもと違っていることに気付く余裕など無いほど、
ただ数日間だったが面倒を見ていたあの子犬が、気にかかっていた。
もう道路に出てもいいのに、まだ林は続いていた。
何か可笑しい、がそう思ったのは、随分と走った後だった。
立ち止まって、辺りを見回す。
公園の敷地内は熟知している。だてに幼稚園に入る前から探検しているわけではない。
それなのに、今自分の居る場所に、まったく見当がつかなかった。
しばらく来ない間に林の面積を広げた?
まさか、そんなはずはない。
は目を瞑って頭を振ると、もう一度ゆっくり辺りを観察した。
見たことのない木、草花。まず、空気が違う。
なぜ今まで気がつかなかった?
「嘘・・・どこ、なの。こんなとこ知らない」
何か変だとすれば、自分が転んだことだ。
いきなり身体が浮く感じがするなんて、どうかしている。
あの時は、きっと運動不足がたたっているんだろうとしか思わなかった。
けれど違った。運動不足などではなかった。
『何か変なものに捕まったのだ』
本能的に、そう悟った。
が呆然としていると、後ろの茂みがガサガサと大きな音を立てた。
「犬!?」
子犬だ、子犬は無事だった。
そう思って振り返ったその先。
あの白い子犬であるはずがなかった。
はもう既に、子犬とは別の次元に居るのだから・・・。
魏連載夢開始ですー拍手!ドンドンパフパフ!
ついギャグにばっかり走ってしまいそうなヒロインですが(笑)
次からもう魏キャラ出していきますよ。フンフン!!(鼻息