「きぃぃさぁぁぁぁまぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・」
「ヒー、ごめんなさぁい!!」
の蹴りで吹っ飛んだ司馬懿の容態を見て、賊はとっくに逃げてしまった。
しかしここから一番逃げ帰りたいはずの司馬懿はやっと仰向けになったくらいで、まだ少し息が荒かった。
たまに小さく咳き込んでは、殺気まで匂わせる両目でを睨んだ。
一方は謝るほかないし、張遼もどうフォローしていいのか。
まさか、あなたの悪人面が原因だなどと言えるはずもない。
とりあえずと言った感じで肩を貸すと、司馬懿を馬へ乗せた。
ぐったりと汗をかいた司馬懿はどうにか手綱を握ると、を忌々しげに見下ろして去っていった。
その背中に無言の圧力を感じたのか、張遼がためらいがちにに話しかける。
「・・・このまま置いていくのも気が引けるのだが、堂々と連れて帰るわけにもいかんようだ。申し訳ない。
もし困ったことがあったら、城門の前まで来てこう叫ぶがいい」
こそこそと耳打ちした張遼の声は気持ち良い低さで、の耳をくすぐった。
自分よりずっと年上だろう異性に、こうまで至近距離で話をされることなど無かった。
しかも相手は渋い男前きたら、の心拍数が上がるのも当然。
張遼の助言を必死で刻み込んだ。
そして最後に張遼を呼びとめ、名を聞いた。
アザナとか、よく分からないことを言っていたけれど、どうもここではそのアザナで呼び合うのが普通らしい。
「ありがとう、文遠さん!」
にとっては普通の言葉だった。
いつもその言葉をニコニコしながら言っていた。
もちろんさん付けも、年上に対してなら常識だ。
けれどなぜか張遼には面白かったようで、彼は微笑んで、駆けていった。
気付けば、はまたも見知らぬ林の中で独りきりになっていた・・・。
「イヤ、だからここ何処だよって話!!!」
自分に突っ込みを入れてももう遅い。遅すぎる。
肝心な時に役に立たなかった自分の頭をパコンと叩くと、は張遼の消えた方向を見つめた。
城ってことは、きっとシバイとかゆう悪人面と文遠さんは偉い人なんだ、そう思い至って、とりあえずその城に行くことに決めた。
こうしていても何も変わらない。
むしろまた賊に襲われてはたまらない。
そういえば小さいといえども、傷も沢山こしらえていた。
城に行けば薬をもらえるかもしれない。
それに折角の張遼の心遣いも無駄にはできない、と無理矢理いくつか理由をでっちあげ、は張遼を追った。
「ホァー、何だここ、すっごい賑やか」
張遼が通ったのだろう道へ沿っていくと、は大きな市場へ出た。
道路の両側にひしめき合う店に、その間を縫うように移動する人々。
やはり彼らはと全く違う格好をしていたけれど、さっきの賊と違って好奇の目を寄せてくるものの、危害を加えられたりはしなかった。
それにホッとしながら、は辺りを見回す。
まず城を見つけないことには話にならないけれど、この人の波、波、波。
人を舐めているとしか思えない。
どこのデパ地下だよと心の中で悪態をつきつつ、はフンッと鼻を鳴らすと、次々隙間を見つけては、前進を始めた。
しばらく行くと広場らしきところに出ることができた。
そこはさっきよりもずっと視界が開けていて、お目当ての城を探すには丁度良かった。
その証拠に、城のような建物はすぐ発見できた。
「すいません、城ってあそこにあるでっかいのですか?」
「は?あぁ、そうだよ」
通りすがりのおばさんに声をかける。
おばさんは変な顔をしながらも律儀に答えてくれた。
は彼女に礼を言うと、城へ続く街道へと足を踏み入れた。
やはり城へ直結しているだけあって、さっきまでの市場とは少し雰囲気が違った。
人通りも多くはないし、今までで一番歩きやすく、道が舗装されている。
助かった、革靴でデコボコした地面の上を歩くのは、正直辛いものがある。
城門は意外とすぐ近くにあって、門番が2人立っているけれど、は叫ぶだけでいい。
「元気ですかぁぁぁ!?
かよわい娘のとび蹴りごときで馬から叩き落された上に動けなくなった
痩せすぎで情けなくて虚弱体質の天才軍師シ・バ・イさぁぁぁぁぁぁん!!!!!
」
「
何処に居るこの馬鹿めがァァァァァァアアアッッ!!!!!!!!
」
すごい、本当に開いた。
が感動していると、門の奥から凄まじい形相で司馬懿が登場する。
何処だと言いながら、門の外からだとすぐに分かったらしく、司馬懿の行動はなんとも迅速だった。
実は結構気にしていたらしい、さきほどの失態。
血相変えた司馬懿に少したじろぎながら、はその後ろから張遼が出てこないか期待していた。
この状況で司馬懿に助けを求めても無駄だ、できるだけ冷静で偉い人と話をしたい。
けれど司馬懿がそのの内心を知るはずもなく、もちろんを追い払おうとする。
門番は司馬懿の命令でハッと気付いたように、戟をに向けた。
まずい、本物だ・・・はまた心の中で必死に張遼に助けを求める。
「おお、さっきの娘、来たか」
「張遼殿!!・・・この娘、連れ帰ってこられたのか!」
「まさか。司馬懿殿、落ち着くがよろしかろう」
天の助けとばかりに、は張遼の後ろに隠れた。
司馬懿は今にも噛み付かんばかりの勢いで張遼に詰め寄る。
けれど張遼はあくまで落ち着いていて、をチラッと見ると、よく来たなと小声で呟いてくれた。
司馬懿の頭にはさらに血が上って先ほどに蹴られた場所が痛んだのか、グッと息を詰めるともう一度を睨んだ。
風格も何もあったものではないを密偵だなどと疑っているわけではない、ただの私怨だった。
けれど落ち着けと声をかけた張遼はやっとの体中の切り傷に気付いたのか、司馬懿を置いて城の中へ入ってゆく。
「司馬懿殿、顔にまで傷を負っている女性を放っておくおつもりですか!!」
そこまで言われると、もう司馬懿も黙るしかなかった。
安易に信用するのは危険であったけれど、何故かに害があるとは思い至らなかったし、
なにより張遼がぴったりついていれば問題も無いだろう。
司馬懿は渋々了承して、城の中へ消えた。
それについて行くようにを連れて歩き出した張遼は、歩を進めるたびに表情をやわらかくしていった。
が不思議そうに覗き込むと、張遼は我慢が出来なくなったのか、つい噴き出してしまう。
「くくくっ・・・痩せ過ぎで情けなくて虚弱体質か。私はそこまで言った覚えは無いぞ」
「いや、だってなんか悪口言ったほうがいいかなぁと・・・」
張遼が教えたのは『娘の蹴りで叩き落された天才軍師の司馬懿』というごく短いフレーズで、
低レベルな悪口は含まれていなかった。
それをわざわざアレンジして余計に司馬懿の神経を逆撫でしたを見ていると、どうしても笑いが止まらなかった。
けれどさっきも自分がすぐに城門へ行けたから良かったものの、
あのまま司馬懿だけを相手にしていたなら、は城内を歩いていないだろう。
それに加えてに歩幅を合わせてくれる張遼に、深々と感謝。
「さぁ、まずその傷を治すといい。ここが医務室だ。先生、頼みましたぞ」
扉を開けた張遼に促されて、はどう我慢しても漢方薬くさい部屋へ入っていった。
正直まだここが何処なのか、とりあえず城だという事しか分からなかったけれど、
張遼にくっ付いていれば大丈夫だろうという根拠の無い自信だけで動いていた。
「初めて女性を連れてきたと思ったら、なにやら奇妙な娘ですなァ。よろしい、お任せ下され」
部屋の奥から顔を出した典医はを見ると、人好きのする笑顔で微笑んだ。
すすめられるままに診察台に座ったが医務室を物珍しそうにキョロキョロしていると、張遼と目が合う。
「ゆっくり休むがいい。また今日中に、時間が出来たらここを訪ねよう」
「あっハイ、いろいろありがとうございます!!」
思い出したように礼を言ったに優しく微笑むと、張遼は医務室を出て行った。
典医は相変わらずニコニコと笑って大きな桶をの隣に置くと、そこにまずの右足を入れた。
何故か心得た様に靴と靴下を簡単に剥ぎ取ると、典医は消毒液らしきものの入った壺を持ち上げる。
昔から傷の手当てというのが大嫌いなは、その動作に身体を硬くした。
予想通りなら、自分の足が入っている桶はただの受け皿・・・そして問題の壺の中身の運命はただひとつ。
「ギッ・・・ギェァァァァァァ――――――ッッッッ!!!!!!」
張遼、愛してる。(黙りなさい
ドSなくせにレディファーストで優しくて頼りになる男前な張遼がとっても理想です。ウフ!
ほんと・・・もう、司馬懿の悪口書いてて楽しいったらないです。