も、一応は気を抜いて生活できる場所をやっと確保できた。
いまだ自分が何処にいるのか定かではなかったけれど、まぁしばらくしたら分かるだろうと適当に判断して、張遼へ走り寄った。
広間の片隅で微笑んでいた張遼は、心底ほっとしたようにを歓迎してくれた。
「名はと言ったのだな・・・いや、しかし良かった。城に来いと言った甲斐がある」
「はい!文遠さんのお陰でなんとか安心できました」
すっかり張遼に懐いてしまったを横目に、まず司馬懿が広間を去った。
それに気付いたは、司馬懿が見えなくなったのを確認してから思いっきり舌を出す。
「なにが凶暴よ、油断してまともに蹴られた方が悪いんじゃない!!文遠さんなんてすごかったんだからっっ!」
夏侯惇は更に不機嫌そうに顔を歪めたけれど、張遼は思わず噴き出した。
夏侯淵もまた楽しそうに身体を揺らす。
広間の空気は瞬く間に華やいだ。
いつの間にやら周りを囲まれてしまっただったけれど、そういうシチュエーションには慣れている。
一度に何人もの将を相手に、会話を楽しむのに夢中だった。


早速、甄と名乗った美女と仲良くなったは、彼女に誘われるままに城内を歩き回った。
「ここが鍛錬場ですわ。昨日はここで、の声を聞きましたのよ・・・本当に、驚きましたわ」
甄姫が振り返ってほほ笑む。
その表情と言ったら世界中の男がとろけるほどで、しかも昨日の大声を聞かれていたかと思うと、は自分の頬が熱くなるのを感じた。
「ご、ごめんなさい」
「うふふ、よろしくてよ。おかげで司馬懿様の慌てふためくお顔を拝見できましたからね」
鈴を鳴らしたような、という形容も追いつかない甄姫の笑い声。
三日月をかたどった唇に見とれたは、ぷるぷると顔を振った。
そして、やっと思い出す。
自分を襲った男たちの粗末な服。
自分を助けてくれた張遼の鎧。
そしていま、目の前に立つ甄姫の着物。
どれも、自分の生まれ育った場所のものではない。
そして曹操の口から出た『魏』という言葉・・・どうも国名らしいということは分かったが、それで終わりだ。
の脳内には、何の情報もない。
、どうなさいましたの?」
ふいに黙り込んだの顔を、天女が覗き込む。
「あ・・・いや、あの・・・」
「気分でも悪いの?遠慮しないでおっしゃいな」
甄姫の美顔が近い。
悩ましげに眉根を寄せた甄姫は、を典医のところへ誘おうとする。
はそれをやっとのことで制して、口を開く。
「私・・・『魏』とか、アザナとか・・・今まで私が暮らしてた場所では聞いたことなくて」
「なんですって?」
甄姫の目が見開かれる。
の頭が必死に絞り出したただ一つの答え。
自分は何らかの原因でこの世界、『魏』という国へ飛んできた。
自分は全くの異邦人だ。
そうとしか考えられない。
ああ、それはしかし、信じてもらえないかもしれない。
急に現れたどこの馬の骨とも知れぬ娘の言うことを、しかも「別世界からやってきました☆」なんて奇妙奇天烈な話を、
誰が信じてくれるだろうか。
なんの冗談だと笑い飛ばされるのがオチだ。
「あら、そうでしたの。道理でなにか変だと思っていましたわ!」
ほうら、やっぱり。
「・・・え。し、信じてくれるんですか」
の予想は、どうも大外れだったらしい。
「だって、の着物、わたくし何処でだって見たことありませんもの」
甄姫はなんでもないことのように言った。
驚いているに、さらに畳み掛ける。
曹操との謁見のときも、『魏』と言われてひどくキョトンとしていたこと。
まずもって、謁見をきさくな朝の挨拶から始めるなんてことをしたのは以外に例を見ないこと。
お辞儀の仕方ひとつとっても礼や常識にのっとっていなかったこと。
甄姫に言わせれば、きりが無いらしい。
「だから、これは遠国か、さもなくばもっと別の場所から来たのだろうと考えていましたのよ」
甄姫は、そう言ってしめくくった。
まったく、彼女の洞察力には恐れ入る。
がぽかんと口を開けていると、甄姫はまた笑った。
そしての手を引き、また城内を回りだした。


「いま、天下は3つの勢力に分かれていますの。江東の虎・孫堅率いる呉。臥龍鳳雛を手に入れた劉備率いる蜀漢。
そして、われらが曹操様が統べておられるこの魏。・・・この三国が、天下統一をめぐって相争っている・・・」
1年生のときに習った世界史で、出てきたような気もする。
はうっすらとした記憶の海を泳ぐ。
そういえば、教科書に3行分くらいしか記述が無くて、「少ないな」と友達と大ウケしたような覚えがある。
「ご、しょく・・・ぎ。・・・魏。」
「聞いたことはあって?」
あの3行しかなかった三国時代に、自分は今。
遠い。
遠すぎる。
自分が何処にいるのかという疑問は拭い去れたものの、今度はいかんともしがたい不安がを襲った。
どうすれば日本へ、未来へ帰れるのだろう。
帰ることは可能なのだろうか。
それすらもには分からない。
いや、この世界で誰が・・・の時代よりもずっと技術の劣るだろうこの世界で誰が、時を飛び越える方法など知っていよう。
絶望的だった。
は、また黙り込んでしまう。
しかし今度はさっきよりも、いたく憔悴しきった表情で。
、やっぱり気分が悪いのではなくて?」
目に映るものすべてが新鮮なこの状況で、がようやく認識した現実は、
にとってあまりにも・・・あまりにも、冷酷だった。








とにかく、私は甄姫と仲良くなりたい一心です(笑
甄姫はイイですよね、うん!