「わたくしは決めたのです。張遼様の、奥小姓として生を保つと」

いったい誰が、こんな娘に、こんなことを言わせる権利があるのだ。
私に仕えるなら仕えるで、女官で良いではないか。
爺・・・信頼を置いている執事が、何を考えている。
いくら私でも、いいかげん腹が立ってきた。
・・・いや駄目だ、こんなときこそ冷静にならねば・・・。
小姓としてしか、もはや生きられないのだと続けたを、私以外の誰が守れる?

・・・を守る、などと安っぽい言葉を思い浮かべたとき、私の中ですべての考えが繋がった。
女官ではなく、小姓として・・・妻ではなく、小姓として。
すべては、断固として妻を娶らぬ私に対する爺の計略。
きっと私がを追い返すことも、予測の範囲内だったのだ。
の家柄なら、妻にはもったいないほどだと見込んだのだろう。
・・・相変わらず怖い爺さんだ。
私の家に仕えるよりも、曹操殿の軍師として働いた方がよほど良いのではないか・・・。
そしては、その爺の計略を知らない。
ただひたすらに私だけの娼婦として、生きようとしている。
でなければ自分を殺せと。
この一途で生真面目な女になら、私の後ろを任せても良いと、思った。

「・・・・・・
「・・・斬って、下さいますか」
私を見上げて、は驚くほど落ち着いた声で言った。
もちろん、私にを斬る気はない。
ゆっくりと寝台に座らせた。

「・・・と、殿!?何を」
何も言わずに唇を重ねた私に、は絶句していた。
初めての動じた顔を見た・・・不謹慎だが、少し嬉しかった。
男を知らないの唇はやわらかく、少し湿っていた。
くちづけだけでこの反応では、どうなることやら。
そんなことで男の世話をしようとしていたのだと思うと、妙な愛しさを感じた。
、この先何があっても、私に付き従えるか?」
「え?あの・・・」
「良いから、答えなさい」
まだ多少気が動転しているのだろう、はぽかんと私を見つめていた。
若い・・・いや、歳相応の表情だった。

「・・・はい。殿にお仕え申し上げると決めた時から、わたくしの身は全て殿に委ねました」
少し照れたように、言った。
それでも真っ直ぐなその瞳は、私を捕らえて離さない。
1人の女をこんなに愛しいと思ったのは、初めてだ。

「・・・ならばお前は今この時から・・・私の、妻だ」
「殿」

もう一度、ゆっくりくちづけた。
今度は、その頼りない身体を抱きすくめて。
もたどたどしくだが、私の背に腕を回した。
そして思い出したように、執事さまがたが黙っていないのではないかと言ったに、安心した。
がグルだったなら、私は一生人間不信だ。
安心しなさいと言ってから、の唇を吸った。
口の端から、甘い声。
、殿と呼ぶのはやめにしてくれんか」
やっと解放されたのを契機に、深く息をするに、切り出す。
夫と妻になるのなら、そうだ、殿などと呼ばれたくない。
しかし子桓殿たちのように"我が君"など、言っては悪いが寒気がする。
「・・・文遠、さま・・・?」
柔らかな頬を赤く染めたが、やっとのことでそう言った。
あぁ、それだ。
名を呼んでくれたこと、ただそれだけがあまりに嬉しく、幸せだった。
夢ではないのかと、疑いたくなる。
私の腕に大人しく収まったは、目尻を赤くして笑っていた。

「抱きたい」

次に口を付いて出てきた言葉には、さすがの私も、自分で驚いた。
正直、自分がこんなに直接的に気持ちを表すことができるとは、知らなかった。
しかし・・・少し率直過ぎたか。
目をまるくして私を見つめるを見ていると、だんだん恥ずかしくなってきた。
・・・くそ、早く突っ撥ねるか何かしてくれないと、どうにもこうにもならんではないか。
あぁああ、いよいよ後悔のどん底に達するぞ。
頼む、頼むから早く反応を返してくれ。
早く早く早く早く。


「あ、あの・・・殿、あ、いや、文遠さま・・・」
何だ!?
「あの・・・偉そうなことを言って、小姓のお勤めがどうとか・・・けれどわたくし、まだ」
しどろもどろになっているは耳まで真っ赤で、目は空を泳いでいた。
何を言わんとしているのかは、分かった。
そんなこと知っている、なんとなく気付いていた。
言わなくていい、と言うように、唇をふさいだ。
それが伝わったのか、はやっと私の目を見て微笑んだ。


「ん」
「愛している。これから何があろうと、お前を離さん」
「・・・わたくしも、文遠さまのそばを、けして離れません」

は私の胸に顔をうずめると、戦場で死ぬのは許さない、と言った。

「わたくしの前から亡くなる時は、必ずわたくしの腕の中で・・・わたくしもすぐ、あなたを追います」

その瞳には涙が浮かんでいた。
亡き父を、遺された母を、想っているのか。
胸が締め付けられる思いだった。
・・・私は決して、これ以上、にこんな表情はさせない。
お前がここで私を待っている限り、私は絶対に帰ってくる。

「お前を独りにはしない、約束しよう」
「文遠、さま・・・」
ついに溢れ出してきたの涙を、舌ですくい取る。
今までで一番強く、抱きしめあった。









終わりましたねーアハハハハ。
なんか、最後の展開が速すぎるかんじ!!
山田たそにこんなこと言って貰えたら、マジで死んでもいいかも。
そう思いながら書いたから結構無茶苦茶だ。