動きやすそうな白の胴衣の上で、背の中ほどまで伸びた黒い髪が揺れる。
少女は、その細身とは似合わず、赤子の手を捻るような容易さで、筋肉隆々の男たちを相手に稽古をつけていた。
広い道場の壁に並んだ者全てを相手にしたあと、少女は手馴れた様子で、差し出された手拭を手に取った。
「ありがとうございました、師範代!」
「ん、みんなお疲れさま!ゆっくり休んでください」
整列してきっちりと正座すると、仰々しく礼をしあった。
少女・が労いを言い終えると、全員が顔を上げて、挨拶をしてから道場を去った。
午後9時、今日の稽古はこれで終了だ。
、18歳・高校3年生。
昨今では少々下火になりがちな格闘術道場の長女であり、跡取りでもある。
しかし、そんな不景気など全く感じさせないのがココ、流無差別格闘術道場。
門下生も名声も日本随一。
特にの実父、12代目当主が直接治める本家道場などは、この地域の情報誌に載るほどだ。
そのような巨大な組織のトップに立つことが決まっているのが、弱冠18歳の少女・なのである。
各地に散らばる同流派の猛者達の中には、それに反発して乗り込んでくる者も居るが、それをは悉く退けてきた。
そのたびには門下生の信頼と尊敬を得、交流を深めている。
一見クールな外見にそぐわず、人懐っこく明るい性格も手伝って、は着実に、次期当主への地盤を固めていた。
「、お風呂沸いてるから、先に入っておいで」
道場の入り口からヒョコと顔を出したのは、の兄だった。
いかにも優しそうなその男は、とても格闘に耐えられるようには見えなかった。
「分かった、すぐ行く!」
大きな声で返事をすると、兄は笑って、母屋へ戻った。
はスミに置いてあった通学鞄と制服の入った袋を手に、道場の2階にある自室へと向かった。
畳の良い香のするその部屋には、弓の手入れ用品や、様々な大会の優勝トロフィーが安置されていた。
しかしそこで不似合いなのが、ある共通点を持つ本の山と、大きなテレビに繋がれたままのPS2。
そしてその傍らに大事そうに並べられているのが、やはり本と同じジャンルのゲームソフト。
本の背表紙には"三國志"、ソフトには"真・三國無双"。
そして三國志関連の本が綺麗に整頓されている。
見たところ、蜀のものが多いようだ。
胴衣を脱いでTシャツ姿になったは、机の上に置いたままだった本を、つい手に取った。
表紙には豪快な字で"黄忠漫遊記"とある。
もちろん、蜀の猛将・黄忠について記された本だ。
「ちゃん、早くお風呂入りなさい。明日早いんでしょ?」
「うぇっ!? あ、はぁーい!!」
今度は母親の声が聞こえてきた。
何度も読んだはずの"黄忠漫遊記"。
つい夢中になって読みふけっていたは、ハッとしたように、寝巻きを引っ掴んで部屋を出た。
翌朝、母親に言われたとおり早くに起きたは、制服に袖を通した。
そして、袴や防具、弓の入った袋を手に、家を出る。
向かうはある高校の弓道場。
今日は全国高校弓道大会・地区予選の決勝だ。
は個人・団体共にここまで残っている。
こうなれば、負けるわけにはいかない。
気持ちの良い緊張と手をつないで、足取りは弾む。
会場に着くと、地区大会とは言えど、カメラマンやスポーツ紙の記者が数多く陣取っていた。
自分の姿を見つけるなりワラワラ集まってきた彼らを、は丁寧にかわして、同じ袴を身につけた集団に溶け込んでいった。
それから間もなく始まった決勝戦で、の放った矢は全て的の中心を射抜き、早々に勝ちが決まった。
予定通り昼過ぎに大会は終わり、たちは打ち上げも兼ねた昼食をとり、解散した。
同じ方向に帰る部員がほとんど居ないせいで、はすぐ1人になった。
弓道部で配布される名前付きのエナメルバッグを揺らして、歩調を速める。
家へ着くと、母屋を颯爽と横切って、制服のままテレビの電源を点けた。
弓道の防具を部屋の端に追いやって、PS2が起動するのを大人しく待つ。
「黄忠の4武器・・・黄忠の4武器・・・」
テレビの前にイソイソと座ると、コントローラーを握った。
今日こそ、黄忠のユニーク武器を手に入れる気満々のようだ。
画面に映ったのは真・三國無双4。
しばらく放っておくと、絶大の人気を誇る子守将軍の非現実的特大ジャンプが拝めるが、
はそれを待たずにタイトル画面に移った。
フリーモード、ステージ選択、難易度選択、武将選択。
戦闘準備は万端、護衛武将もつけた。
さぁ戦闘開「ちゃーん」
・・・と、出鼻をくじかれる。
○ボタンを押そうとした指は思いがけず逸れ、コントローラーの上を滑った。
溜息をついて階段を下りると、母が誇らしげに手を掲げていた。
その手にあるのは、おそらく今日の夕刊。
「ホラ見て、今日の夕刊!もうちゃんの記事載ってるの。"闘神の申し子・必中の!"ですって〜v
まぁ、1面じゃないのが残念だけど・・・」
「何言ってんの、たかが高校弓道の地区予選が、こんな普通の新聞にここまで大きく載ること自体、一大事じゃない!」
見ると、の記事は紙面の半分を占めていた。
こんなに大きく自分の写真が・・・あぁ、射る時のフォームまで丸見え。
恥ずかしさに駆られて、は無邪気に笑う母を背にした。
何故か押し付けられた記事と一緒に、部屋へ戻る。
テレビには相変わらず、戦闘準備画面。
は手にした新聞に目を落とした。
「闘神の申し子か・・・イヤイヤ、これはさすがに言いすぎでしょーよ」
一人ごちて苦笑いすると、佑妃は改めてテレビの前に腰を下ろした。
「・・・あ、れ・・・?」
目が霞む。
体が重い。
気が、遠くなる。
が次に目覚めたとき、最初に感じたのは、風と、硬質でイヤに冷たい肌触り。
そして、言い表せぬほどの、殺気だった・・・。
蜀中心で、できるだけ多くのキャラを出したいと思います(遠い目)