肌に触れる、冷たくて硬い何か。
そして身の毛のよだつような殺気。
自分へ向けられたそれに、はゆっくりと目を開けた。
自分の記憶が確かなら、ここは心地よい自室のはずだ。
テレビがあって、本があって・・・間違っても、物騒な武器や、まして殺気剥き出しの人間なんて居るはずが無い。
しかし悲しきかな、の目は、自身の期待を悉く裏切った。
「急に現れおって、何者だ?!」
「殿、早くその女からお離れください!」
敵意と警戒心をあらわに、を包囲する男たち。
手にはそれぞれのエモノ。
どれもこれも、どこかで見たような、いや気のせいか。
そうしては、自分の感じた冷たく硬いものの正体に、やっと気付いた。
「娘、大事無いか?」
頭上の声。
何度も何度も聞いた声。
優しそうで、しかし確固たる信念を持つその声。
は、その声の主の膝の上に居る。
「・・・は・・・・・・え?」
声の主の顔を、見た。
・・・知っている。
自分を囲む男たちの顔、声。
これも、知っている。
だがそんなはずはない。
グルグルと複雑な想いが衝突しあって、はもう一度、意識を手放した。
「おっ、おい娘!・・・気を失った、のか・・?」
「兄者、いいから離れてくれ!そいつが敵じゃねぇって保障はねぇんだぞ!?」
「その通りです殿、さぁ早くこちらへ!!」
気を失ったを抱え、"兄者"、"殿"と呼ばれた男は、騒ぎ立てる男たちを諫めた。
「みんな少し落ち着かないか。・・・ほら、この娘の顔を見てみろ」
やっと静かになった男たちは、言われるままにの顔を覗き込んだ。
"殿"の膝で動かないに、まだ警戒は解かない。
「見なさい、奇妙な格好はしているが、人の好さそうな顔立ちだ。私の上へ落ちてきたのも何かの縁だろう。
姜維・・・と、あと月英」
「は、はい」
後ろの方で、不安そうにを見ていた青年と女性の名を呼んで、"殿"は立ち上がった。
制服のスカートが流れる。
姜維、月英という2人は、それに伴って前へ出た。
するとは、姜維の腕に託される。
「奥の部屋が空いていただろう、そこで寝かせてやりなさい。月英は世話をしてやってくれ」
その言葉に周囲がまたもざわついたが、2人は短く返事をしたあと一礼して、その場を去った。
それを見届けてから、もちろん抗議は殺到する。
優しすぎるだの、危険だの、さんざ言われた"殿"は、全員の声をさえぎった。
あぁもう・うるさい、そう言われてやっと収まった男たちに、追い討ちをかけるように続ける。
「大体あの娘が気絶してしまったのは、お前たちが突然武器を向けて、今にも殺さんばかりに睨んだからだろう!
可哀相に、どれほど恐ろしかったことか・・・。
それに、あんなに清々しい美しさを持つ者が、悪人とは思えぬ!この劉玄徳、人を見る目は確かだ!!」
主君である"殿"・劉備に言われて、バツが悪そうに黙り込んでしまった男たちを前に、その横から1人が前へ出た。
白い衣を纏ったその男は、口の辺りを羽扇で覆い、劉備に一礼した。
「私としても少々危険かとは存じ上げますが、劉備様がそこまで仰るのなら、これ以上誰も反対は致しますまい」
天才軍師・諸葛亮がそう言ってしまえば早いもので、最終的には全員が、を城に置くことに賛成した。
まぁ、かなり渋々・・・ではあったが。
それからしばらくして、夕刻に行われていた軍議は終わった。
皆、なんだか落ち着かない様子で、次々と会議室を出て行った。
「・・・あ、目が覚めましたね!良かった・・・先刻は申し訳ありませんでした。
なにぶんこのご時世、みな気が立っておられるものですから・・・」
ふと目を開けたに、いかにもな好青年が話しかけた。
夢か、と思ったを、その声が現実へ引き戻した。
自分が横たわっている硬い寝台に、薄い掛け布。
全く見覚えの無い部屋、そこに光を注ぎ込む円形の窓。
そして何より異様だったのが、自分の傍に寄り添ってくれていた男女の服装だ。
自分が気絶した理由を思い出したは、目を大きく見開いて2人を見た。
「申し遅れました、私は劉備様よりあなたのお世話を仰せ付かりました、月英と申します」
「私は姜維。伯約とお呼び下され」
こぶしを胸の前にして、丁寧にお辞儀をされる。
顔を見、声を聞き、名を知ると、これが現実なのだと、認めざるをえなくなった。
は何故か、ゲームの世界へ紛れ込んでしまったのだ。
「わっ、私は、です・・・。劉備様のお心遣い、感謝致します」
2人の真似をして、たどたどしくも礼を言い終えた。
そのとき起こした上半身にも、いや体の何処にも、異常は無い。
なんて手厚く扱ってくれたのだろう、何処の誰かも分からない自分を。
「・・・素敵な名前ですね。ところで、これに書いてあるのは、あなたのことなのかしら?」
優しく笑って、月映がに差し出したのは、新聞だった。
の姿がでかでかと掲載されたその紙を、2人は不思議そうに眺めている。
そういえばこの時代、紙はそう流通していないのだった。
流石は臥龍の妻と弟子、未知の物に関する探究心は、尋常でない。
「はい私です、弓道をやっていましたので、その時のもので・・・。
それは人々に知らせを伝えるもので・・・こちらの世界で言うと、木簡のようなものです」
「「こちらの、世界?」」
つい無意識に使った、"こちらの世界"という言葉。
事情も知らない2人に、突然言って良い事ではなかった。
「あっ・・・と、いやでも、射る時の姿勢、とてもお綺麗ですね!とても真似できないです」
何とかその場を取り繕おうとしてくれたのか、姜維が新聞を指差して言った。
なんだかゲームでのイメージそのままの若々しさに、笑みが漏れた。
が"ありがとう"と言うと同時に、部屋の戸が、何者かの来訪を告げた。
「劉備だ。娘は目を覚ましたか?」
うぉお、姜維に自己紹介された!照れる!(え
他のキャラも徐々に出していきますー。