「武将として劉備様にお仕えすること、どうかお許しください」
静かだった広場が、にわかに浮き足立った。
まさかがそのようなことを言い出すとは、誰も予想だにしていなかったようだ。
それもそうだろう、上背はあるにしろ、比較的華奢なだ。
まさかすすんで戦場に立とうなど、誰も思わない。
劉備とて、そうだ。
「な、何を言っておる!
いくら幼少の頃から武を磨いていたとはいえ、この戦乱の世で急に戦に赴くなど・・・殺意の無い武道演舞とはわけが違うのだぞ!?」
もちろん、そんな事は分かっていた。
昨日自分に向けられた、蜀の武将達のそれ。
蛇と蛙、ハブとマングースどころではない、指のひとつ、動かすことは叶わなかった。
あれが日常的に向けられると思うと、背を冷たいものが流れたが、
は昨日最後の矢を射たとき、不安も恐怖も全て、一緒に振り払ってしまった。
師匠である父に知れれば、"何と浅い考え、甘い決意か"と叱咤されるだろう。
・・・自分でも、そう思う。
きっとこの決意も、勢いも、何かあれば簡単にへし折れてしまうに違いない。
しかし折れても良い、今ここで、劉備に武人として召抱えてもらわねばならない気が、した。
ざわつく広場に、少し嗄れた声が響いた。
「まぁ良いじゃろう、劉備殿」
鶴の一声とでも言おうか、シンと静まり返った広場で、武将の波が動いた。
声の主の背には、立派な弓。
が貰い受けた黒帝とは逆に、無骨さが全面に出ている。
視線は全てその声の主・黄忠へと移った。
それを確かめた黄忠は、劉備の横へ足を運び、懐から何かを出した。
・・・どうやら、木の葉だ。
「おのおの方、この葉をよく御覧ぜよ!!このような芸当のできる漢が、ここにおられますかな?」
黄忠が掲げる1枚の薄っぺらな葉は、一見ただの緑だった。
しかしよく見ると、どこか不自然。
緑の中に、少しだけだったが、何か別の色・・・その向こう側にある、黄忠の肌の色があった。
全員が葉を食い入るように見つめると、"まさか"と驚愕の目でを見た。
「昨晩、弓を射る音が聞こえたもんで、訓練場に行ってみればこれよ。
この娘・・・が、風に吹かれた落ち葉を射抜いておったのじゃ!
それもこれだけではない、矢と同じ数の葉が貫かれ、ひとっところに落ちておった・・・ワシは目を疑ったよ」
黄忠の太鼓判が効いたのか、劉備をはじめ、ほとんどの者の心が動いた。
しかしまだ頑なだったのが馬超だ。
兜を着けていないからか、今日は妙にスッキリして見える。
少し掠れた声と熱のこもった口調は、まぁ変わっていなかったが。
「黄忠殿には失礼だが、例え弓が天才的でも、戦場では生き残れますまい!この俺と手合わせ願おう!!」
髪を揺らして、馬超は槍を突きつけた。
実力を見ないことには、を認める気は無いらしい。
しかしそれに怖じもせず、は馬超を見上げた。
馬超を止めようとした劉備をさらに止めるように、その横から手が出た。
身の丈ほどの偃月刀を手に
、ゆったりと黒い髭がなびく。
「馬超殿がそう言うのも仕方ござらん。不可解な身の上なら尚更、力量を知っておきたいものだ。
しかしこのまま馬超殿とやらせては、勢いで殺してしまうかもしれん、代わりに私が引き受けよう。
それでよろしいか、兄者・馬超殿?」
関羽に言われて落ち着いた馬超は、バツが悪そうに頷いた。
君主を心配してムキになるところは、馬超の長所だろう。
しかし、かの軍神・関羽が相手をするのだ、の実力はじきに見えよう。
馬超は無理矢理自分を納得させた。
そんな馬超を通り過ぎ、黄忠がに刀を差し出した。
「ワシの愛用を貸してやろう。お前を推したワシの顔、是が非でも立ててくれい!」
そう言って、豪快に笑う。
黄忠自らが武器を貸す。
普通の人間でも身に余る光栄と感じるところ、など尚のこと。
が最も尊敬する三國時代の武将と言うのが、まさしく黄忠なのだ。
その黄忠の冗談めかした物言いに、やっと緊張が解けた。
いつも試合前に感じる、心地良い、はりつめた空気。
は顔の前に刀を立てると、ゆっくりと上段に構えた。
技の出が早い、流剣術壱の式・第三項。
肘と肩の角度が重要なのだと、師匠に叩き込まれた。
「家13代目当主・、推して参る!!」
太陽は既に南西に傾いていた。
はまた、朝と同じ衣装部屋にいた。
劉備のはからいでに仕えることになった4人の女官は、朝、怒涛の勢いでを押し切った女官たちだ。
叫び声を上げて仲間を集めた女官が、責任者となってくれたらしい。
「あの、まだ・・・?」
「何をおっしゃいます、折角劉備様が歓迎の宴を催して下さいますのに、普段着でいらっしゃるおつもりですか?
もう少しですから我慢なさい!」
もう少し、もう少しと、一体何度聞いただろう。
今度もまたそう言って、もうお馴染みの女官・葵花
は、の額をペチンと叩いた。
もし姉がいれば、こんなだったろうかと、は額をさする。
しかしあと何時間こうしていれば良いのか、すでに時間感覚はマヒしていた。
金銀朱、様々な糸で装飾された、美しい上等な着物を着せてもらい、化粧までされた。
髪にも何かゴチャゴチャキラキラした飾り。
よくもまぁこんなに飾りをつけて結えるものだ、この時代の女官はすごい。
「さぁ出来ましたよ!御三方も、どうぞお入りくださいませ」
やっと解放されて、かたまった関節をゴキゴキ鳴らしていると、葵花が恭しく戸を開けた。
が目をやると、見慣れぬ衣装に身を包んだ3人がいた。
宴に際して、と同じように盛装したらしい。
「フン、馬子にも衣装とはよく言ったものだ。まぁ、仔馬の方がよっぽど可愛げがあるように見えるがな!!」
「孟起殿!!!・・・大丈夫、よく似合ってるし、とても綺麗だよ、」
「あぁ、どこの美姫かと思ったぞ」
ツン、と横を向いて言った馬超を物凄い勢いで押さえ込んで、姜維と趙雲はに笑みかけた。
「申し遅れたな、私は趙子龍。あの立ち回り、ほんとうに見事だった。
色々苦労も多いだろうが、殿の為に、共に死力を尽くそう!」
爽やかな笑顔を浮かべて、趙雲は礼をした。
そして姜維と趙雲2人して、馬超を急き立てる。
「・・・馬、孟起、だ。・・・せいぜい死なんように努力するんだな!!!」
また逆方向を向いて、言う。
ここまでくると、意地を張っているようにしか見えない。
「あんなこと言ってるけど、孟起殿はのこと、ちゃんと認め「伯約!!」
しばらくキョトンとして、馬超を除く全員が、笑った。
あぁぁーもう、素直じゃない馬超がカウィイくて仕方なかとです。
次は馬超の独白かなー。宴だ宴だ!