"趙将軍が単騎で敵本陣へ"

何てことだと、全員が頭を抱えた。
趙雲を置いて進むか否か、しかし迷っている暇は無い。
「趙将軍は、"殿は先をお急ぎ下され"と・・・!!」
苦しそうに息をして、兵は告げた。
「馬鹿な、そんな事ができると思うか!趙雲が戻るまでここで待「お待ち下さい劉備様!!」
劉備の怒鳴り声をさえぎる声。
良く徹るその声は、馬上からだった。
その声の主は、馬の頭を西から戻して、地へ降りた。
劉備を無事に逃がす為に、ここで待つわけにはいかない。
この場に居る全員が考えていることだった。

「予定通り、軍をお進め下さい。さもなくば私達は魏に囲まれ、民もろとも全滅してしまいます」
「お前は私に・・・趙雲を見捨てろというのか、!!!」
「そうではございません!!」
更にを怒鳴りつける劉備に、ついも声を大きくした。
今の劉備は冷静さを欠いている。
自分がそれを抑えねば、とは劉備を強く見据えた。
じき、逃亡予定路に敵援軍が来る。
そして中央の橋にも押し寄せるだろう敵軍が、更に行く手を阻むだろう。
それまでに、劉備を含めた全軍が動かねば。

「子龍の居る中央の敵は私が引き付けます上、そのうち孟起の援軍も参ります。
そしてひとたびこの橋へ至れば、殿軍には翼徳様がいらっしゃる。子龍と御子は、必ずや無事に戻りましょう。
劉備様は、翼徳様や子龍が、それほどまでに頼りないとお思いですか?」
が言うと、劉備はハッとした様子で張飛を見た。
張飛は不敵に笑って、兄に応えた。
関羽もそれに続く。
兄弟達が意思を通じ合わせるのには、それだけで充分だった。
劉備が意を決し、進軍の声を上げると、猛々しい雄叫びと共に、移動が始まった。


馬を走らせ、拠点を占拠した。
目指すは中央の橋。
幸運にも、敵軍の誰ひとりとして、その橋を渡ってはいなかった。
は離れたところで馬を落ち着け、ゆっくりと黒帝を背から解放した。
そして兵を更に後ろへ下げ、矢をつがえる。
橋の向こう側に見える、敵の小隊。
数え切れないほど目にした兵卒。
・・・そしてあの、比較的立派な装備をしているのが確か、什長だ。
めいっぱいに弦を引くと狙いを定めて、手を離す。
兵が、どよめく。

その矢は静かに、だが深く、什長の足へ刺さっていった。

その直後、周囲の敵軍の矛先は、へ向いた。

「・・・誰か、棒持ってたわよね。貸してくれる?」
走りくる敵を前に、は兵に訊いた。
ある兵卒が長い棒を差し出すと、は彼に黒帝を託した。
なんと恐れ多い、将軍の武器を預かるとは、と兵は驚く。
「・・・きっと貴方達のほとんどが私を快く思っていないし、認めていない。
これより私はあえて、あの橋を1人で守る。ここを動かず、見ていてください」
折りたたみ式の棒をしっかり確認すると、は橋へ向き直った。
吹っ切れたわけではない。
だからこそ矢ではなく、剣ではなく、棍を持つのだ。
は、兵の制止をことごとく無視して、橋へと急いだ。

"どうせ役に立たんよ、あんな小娘"
"俺らの夜の相手でもしてりゃあいいんだ"

ある日、偶然耳に入った兵の言葉。
そのとき隣にいた馬岱が飛び出ようとするのを、自分は止めた。
その言葉を、きっと自分で覆させて見せると決めたのだ。
自分を、将軍として、認めさせると。

最初の一振り、全力で横へ薙いだ。
あまりの気迫に、敵は退く。
「この橋より先の土は、何人たりとも踏ませはしない!!
どうあっても押し通るとあらば、この、貴殿らを全力で叩き伏せる!!!」
棒を下段に構えなおすと、は目前の敵を一通り睨んだ。
しばらくたじろいだ後に、敵兵は、兵長の声で一斉に突撃を開始した。
馬超が到着するまでしばらく。
それまでに、何としても1人くらいは敵将を引きずり出しておきたかった。
落ち着いていれば、それくらいはできるはず。
流棒術・・・よっぽど強く打たねば殺せない、どちらかと言えば"舞"と重視する格闘術だ。
そう、に殺す気は無い。
長い棒、すなわち杖を使うこの法は、棒術弐の式。
流格闘術の中では、基本的なものだった。
間をおかない攻撃、なるべく短いインパクト。
これくらいの殺気なら、集中していれば振り切れる。
最初は橋の上で戦っていたのが、次第に前進する。
敵兵の士気も下がりがちだ。
しかし減ることのない兵士たちは、の周囲で山と成る。


そうしてが橋を渡り終えようかという時、敵兵が一気に退いた。

"将軍が到着した"

本能的に悟ったは、2、3歩後退する。
すぐ隣の欄干には、さっき倒した男の剣が、斜めに刺さっている。
いざとなれば、これを使うしかない。
しかし駄目だった。
見えないもの・・・劉備の膝で体感したソレが、をまたも絡め取る。
体が動かない。
汗がジットリまとわりついて、気持ち悪かった。
「ほう、お前のような小娘が戦場に立つ・・・か。世も末だな」
兵が両側に分かれ、現れた男。
大きな片刃の武器を持つその武人は、ニヤリと笑った。
「・・・うるさい、戦に出ようが出まいが、私の勝手よ」
ギリリと棒を強く握り締めると、がしぼり出すように言った。
ナメられてはいけない、それが一番肝心だった。
しかし敵将は、気付いていた。
が、硬直しているということ。

「お前、名は」
「人に名前を聞くときは自分から名乗れって、お母様に習わなかった?」

が言うと、男はクツクツと笑った。
「夏候元譲」

2人は短く名乗ると、視線を合わせた。
動けない。
の手は汗で滑る。


「小娘だろうが神だろうが、孟徳の前に立ちふさがる者は誰であろうと・・・斬る!!」
迷いの無い意思。
自分の持たない、それ。
そんな自分が、夏候惇の殺気を跳ね返すことが出来るはずなかった。
身体は満足に動かない。
迫りくる猛将。
自分に向かって振り下ろされる銀の刃。
"死ぬわけにはいかない"
漠然とそう思った時、左の欄干に生えた剣が、目に入った・・・。







信じてるよ趙雲!!
そしてトニィィィ、愛してるゥゥ!(落ち着け)