左腕の横一線が熱くなる。
自分に迫る銀の刃が、視界から消えた。
全てが妙にゆっくり見える世界に、は居た。
確実に捉えたと思ったが急に消え、夏候惇も困惑していた。
しかしすぐ後ろを振り向くと、長い棒を受け止める。

「・・・殺したと思ったがな。あんな土壇場で俺の攻撃をかわせるか・・・というより、たいした度胸だ」
の棒を押し返した夏候惇は、驚いたように言った。
遠ざかるの左腕には、1本の赤いスジ。
そしてその手にある剣も、細く赤く染まっていた。
柄にまで滴る朱は、顔をしかめるを無視して、流れていた。

「応急処置の時間くらい、やってもいいぞ?」
「は、そんなもの」

自分の腕にできた傷も、血も、気にとめずは夏侯惇に斬りかかった。
捨てるのを忘れた剣。
剣と棒を同時に扱うのは初めてだったが、幼い頃から手に馴染んだ物だ、使えないはずは無い。
もう迷ってはいられないんだ。
自身も、敵をも傷つけずに戦で生き抜くなど、出来はしない。
・・・覚悟は、決まった。

血でベタつく手を拭いて、は剣を握りなおした。
棒の固定を解く。
だらりと垂れ下がった棒は、いくつにも連なったヌンチャクのように見えた。
ほんの少しの隙を見て、それを夏候惇の刀に絡め、動きを鈍らせる。
棒が正常な動作を阻んでいる間に、勝負を決める。
の剣と夏侯惇の刀が重なるたび、棒を繋ぐ鎖が、ギチギチと嫌な音を立てた。
巻きついた棒がだらしなく揺れるのを鬱陶しがる夏候惇に、は容赦なく連続攻撃を仕掛ける。
障害を振り切る暇は与えない。
左腕が、熱を持っていた。


「馬孟起、到着!!」

大きな声と同時に、馬がこっちへ向かってきた。
その軍団の兵は、先頭を駆ける馬を追う。
それを見た夏侯惇はつばぜり合いを中断し、と間合いをとった。
「錦馬超か・・・これではあまりに分が悪いな。今日のところは退かせてもらうぞ!!」
刀にまとわりつくうざったい棒を引き剥がして、に投げた。
がそれを受け取ったのを確認すると、夏候惇は"また戦場で会おう"と言い残して、きびすを返した。
敵軍団のひとつが、消滅した。
息荒く振り返ったの目に、馬超が飛び込んでくる。

「・・・もう、き・・・?」

ぼんやりとした視界で、かろうじて像を結ぶ人々。
向こうに残していた兵は、まだそこにいる。
近づいてくるのは、あぁ、馬超の援軍か・・・。
そしてこの橋の周りに、敵兵は1人としていない。
自分は将軍としての責務を、まっとうしたのだ。
力が、抜ける。

「っおい、どうした?!」
糸が切れて支えを失ったの体が、地へ沈む。
馬超は慌てて馬から下りると、それを支えた。
腕に抱えた女の身体は思っていたよりも軽く、そして、熱かった。
「お前っ・・・ひどい熱じゃないか!!ん、これは・・・?」
の身体に1つだけついた刀傷。
どうやらそこが、この熱の発生源だ。
しかしこんな場所にひとつだけ、というのは、どうも解せない。
馬超が理由を聞こうと口を開いた時、兵がその場所を囲んだ。
見上げると、兵はの顔を覗き込み、一斉にその場で膝をついた。

「あの攻撃を避ける為に自分を斬るなんて、俺にゃできねぇ!俺はアンタを認めますぜ、将軍!!」
「俺もだ!!1人であの量を叩き潰して敵将追い返すなんて、ただごとじゃねえ」
将軍!」
将軍!」

口々にに語りかける兵の声で、馬超はの傷の理由を悟った。
"なんて女だ"と言うと、馬超は笑った。

「・・・

驚くほど、優しい声が出た。
自分の腕の中で、が身じろぐ。
名を呼ぶのは初めてで、しかし照れくささは感じなかった。
妙に、穏やかな気分だった。

「分かるか、兵はみな、お前を認めたぞ。・・・聞こえるはずだ、この賞賛の声は、全てへ向いている」
の目が、薄く開いた。
熱に潤んだ瞳が、最低限の動きで周囲を見回す。
誰かの手が、自分の左腕に血止めをしている。
朦朧とする意識の中で、は微笑んだ。

「・・・よくやったな、

馬超がそっと頭を撫でると、は安心したように目を閉じた。


軍は将軍を連れ、本軍と合流だ!!後ろは俺たちが守る!」
馬超は応急処置をしていた兵にを託すと、馬へ乗せた。
の馬は大人しくて賢い。
2人が乗っても、急に機嫌を損ねることはあるまい。

「火計部隊、準備整いました!早急に南下なさいますよう!!」

少し遠くの方から、馬に乗った伝令の弓兵が叫んだ。
それを合図に、蜀軍は本格的な逃亡を開始した・・・。



「・・・ほう、そのような娘が、居たか」
劉備を取り逃がし、撤退を始める魏の本陣で、各将軍が集まる中、1人の男が呟いた。
椅子にふんぞりかえるその男は、他との格の違いを醸し出していた。
「あぁ、あれほどの武でありながら今まで全くの無名とは、少々気になってな」
隻眼の男が言う。
"娘"につけられた右の二の腕の傷からは、まだ血が滲み出ていた。
椅子の上で、男は楽しそうに盃を傾けると、"蜀に偵察を遣るか"と呟く。
周りは神妙にうなずいた。
・・・しかしその雰囲気を自分でぶち壊すのが、この男だ。
「時に元譲、その娘・・・とやらは、美人だったか?」
「ん・・・あぁ、なかなか麗雅な・・・・・・って孟徳、またお前は!!!」
「あ゛ーもううるさい、冗談に決まって「嘘をつけこの変態め!!!!!」







ばっ、ばばばば馬超に認めてもらっちゃった・・・!!(ゴロゴロ)
バチョが愛しくて仕方ないです。贔屓贔屓!
つうか、やっと別勢力出てきましたね・・・遅い・・・。