気付けばこの部屋の、いつもの寝台に横たわっていた。
これで2度目だ。

「あぁさま、やっとお気づきですか!まったく初陣だと言うのに無理をなさって・・・。
動けなくなったからって、気を紛らわせる為にご自身を斬るなど、もってのほかでございますよ!!
もう1度そんな狂気じみた事やって御覧なさい、この葵花(クイファ)が許しませんからね!?」
看病してくれたらしい葵花の小言も、心地良かった。
あぁ、自分は帰って来たのだと、実感した。
自分は劉備を、蜀の民を、少なからず守ったのだ。
・・・こんな自分でも、役に立てたのだ。
それが嬉しくて、の顔に笑みが浮かんだ。
そしておぼろげではあったが、兵と、そして馬超に、認めてもらった記憶が残っていた。
さま、聞いておいでですか!?」
「ん?うん、多分ね。聞いてる聞いてる」
ニマニマしながら適当に返事をするに、葵花はふかーく溜息をついた。
"まったく困った方だこと"と呟くと、水を差し出す。
はそれを受け取ると、ゆっくり味わって飲み込んだ。
葵花の話だと、実に1日眠っていたらしいから、かなり久々の水分補給だった。
きれいな水が体中に染み渡るのを感じて、は深く呼吸した。

(私やったんだね、伯約、孟起・・・)

そう心の中で語りかけると、は突然葵花を振り返った。
いきなり振り向いたと思ったらすぐに肩を掴まれて、その上切迫した表情で見つめられた葵花は、驚いてを見つめ返した。
「子龍・・・子龍は?子龍は無事なの?!それに阿斗様は・・・!!」
現実に引き戻されたは、脳裏をよぎった不安を、拭いきれなかった。


史実では無事生還した趙雲。
しかし自分が先を急ごうと言ったせいで、張飛とさえ合流できなかったのではないか。
敵が多すぎて、火計が始まる前に敵陣から出られず、もろともに殺されたのではないか。
嫌な考えばかりがグルグルと、の思考回路を支配していた。
「え、えぇ、お二人とも御息災で・・・たぶん今時分だと、趙将軍は訓練場にいらっしゃるかと思いますけれど。
あっでも行っちゃ駄目ですよ、まだ少し熱もあるんですから、って言ってるそばから!!!
ちょっ、お待ちなさい・・・さまァァァァ!!!!」
葵花の制止も虚しく、は着替えも、髪も整えないまま、部屋を飛び出していった。


「ん、!!目が覚めたのか?」
訓練場に集まる兵の中、1番最初にに気付いたのは、休憩中の趙雲だった。
趙雲は周囲の試合を止めると、笑顔でを迎えた。
そこには姜維、関平、張飛も居る。

「おう。やるじゃねぇか、あの盲夏候を1人で抑えるなんてなぁ!!」
「拙者も感動いたしました!」

「馬鹿ぁぁぁっっ!!!」
褒めてくれた張飛と関平の声に気付く間もなく、は大声を上げた。
走ってきた勢いを止められずに、そのまま趙雲の腕に支えられる。
この腕が阿斗さまを守り、その偉業を綴った文字の羅列は、自分を夢中にした。
なんて忠誠心に溢れた武将だったのだろうと、憧れを抱いたこともあった。
「長坂での子龍、かっこいいと思ってたけど・・・実際目の前でやられると、すごく・・・。
すごく、怖かった・・・心配したんだから!馬鹿!!!」
言っている途中から泣き出してしまったに、訓練場は静まり返った。
伝え聞いていた戦女神のイメージとはかけ離れたの様子も、それを手伝う。
趙雲は困ったように、の肩を抱いた。

「・・・すまなかった。そんなつもりはなかったんだ、ただ夢中で・・・許してくれ」

女を泣かせた経験も無い趙雲は、ぎこちない手つきで、の髪を優しく梳いた。
しかし他人のことが言えるではない。
自分も、自分を斬ったのだから。
張飛がそれをからかうと、兵からも少し笑みがこぼれた。

「・・・そうだ、阿斗さまがどこにいらっしゃるか、気にならない?」
この雰囲気に乗じて、姜維が言った。
そういえばそうだ、とが顔を上げると、趙雲の表情が固まった。
兵も含み笑いをしているようで、は不思議そうにキョロキョロしている。
両側を姜維と関平に支えられながら、促されるまま、はゆっくり移動した。
趙雲の周りを歩いているのは、気のせいではない。

横まで来る。
何か白い物が、趙雲の背中にくっついていた。
背後に近くなるにつれて、その白い物の正体が明らかになる。
趙雲の真後ろでピタリと止まったの視線に、張飛や兵の、我慢の限界が来た。
笑いは爆発、止まらない。

「あっ・・・阿斗さま!?なんで子龍が・・・」

滑らかな絹に包まれた赤子・もとい阿斗は、しっかりと趙雲の背に結わえ付けられていた。
周りが笑い出したのと一緒に、無邪気にケラケラと笑っている。
はずかしそうに目を泳がせる趙雲など、阿斗の知ったことではない。
「ふところに入れて駆けたりしたものだから、懐かれてしまったんですよねぇ〜、子龍殿?」
「ぷっ・・・ふくくっ、ありえない!子龍、似合わなさすぎだぁ、それ・・・!」
さっき泣いていたのはもう忘れた。
も、ついにふきだす。
泣き止んで元気に笑うを見て、姜維もホッとしたように笑んだ。
を隔てた関平が"ナイスフォローです"と言いたげに姜維を見る。
そして姜維と関平は目を見合わせると"良かった"と笑った。

「あぁまったく、からかうのも好い加減にしてくれ!!」
「えっ、ちょっ、何っっ!?きゃぁぁぁっっ」
「しっ・・・子龍殿!?」
「何?!なになになになになに!?ちょっ怖っ!!おろしてーぇ!!」
「断る!!大人しくしていなさい、まだ熱もあるじゃないか!!」

ギャーギャー騒ぐを無視すると、趙雲は訓練用の槍を放り投げた。
その近くに居た兵に片づけを頼むと、体勢を整える。
自分の腕にのっかるを諭して、趙雲は歩き出した。
どうやら部屋に連れ戻すつもりらしい。
「やだ、歩けるし!自分で戻るからぁ!!」
「 こ と わ る ! 」


趙将軍が怒った、と呆ける周囲は、を抱いたままズンズン遠ざかる趙雲をぼんやりと見つめながら、
"いってらっしゃーい・・・"と、手を振るだけだった。







次のお相手は子守将軍になりそうな予感?