「おやおや、前に女神で後ろに御子とは・・・えらく難儀なお守りだねぇ、趙雲殿」
「からかわないでくださいよ、ホウ統殿まで・・・」
を抱いて回廊を歩く私を、ホウ殿は見逃さなかった。
私が溜息をつくと、彼は目を細めて、"あぁすまないねぇ"と言って、の頭をポンポンと叩いた。
「長坂での功績、見事だったね。今はゆっくり休んでおきなさいな。期待してるからねぇ」
いつもの優しそうな笑顔で、ホウ統殿は言った。
まのびしたような口調に、は"はい"と答える。
熱があるせいか、赤い顔をして、嬉しそうに笑った。
少し、ドキリとした。

・・・熱い。

の体温が伝わったわけでは、なかった。
「まぁ、気合を入れて守っておあげ」
ホウ統殿はひときわ満足げに笑うと、調理場のほうへ消えた。
大方、またつまみ食いだろう。
そうしてあの飄々とした軍師は、いつも調理場のおばちゃんに手をはたかれていた。
全くやめれば良いのに、"このスリルがたまらんよ"と、楽しそうに、赤い手で肉まんを頬張るのだ。
やはり頭の良い人というのは、どこか可笑しい。


「ねぇ子龍、やっぱ恥ずかしいから下ろして」
ホウ統殿に見られたのが効いたのか、が私を見上げた。
戦場での雰囲気とは全く遠いその表情は、本当に可愛らしい娘そのもので、これにコロッといってしまう男は数知れないように思う。
・・・・・・あぁもう、自覚してやっているのか、その顔は・・・。
女に慣れていないせいか、こういうのはどうも困る。
私が"駄目だ"と言うと、は諦めたように静かになった。

そうすると、さっきの訓練場での事を思い出す。
慣れない刀傷で高熱を出し、それなのに走ってきた
すぐ体の力が抜けて、私に支えられた。
意外に軽くて、小さかった。
静かに泣くこの娘の姿は頼りなく、ついこの間、関羽殿と互角以上に渡り合ったときとは別人だった。
漠然と、守ってやらねば、と感じた。
君主としてでも、戦友としてでも、ない気がした。

ただには、哀しみにくれて泣くことも、戦で傷を負って、熱でうなされることも、してほしくなかった。

この戦乱の世で、そんなことが可能なはずがない。
戦があれば誰かが居なくなるし、負傷する。
君主の為なら殺すし、自分がその標的になることだってある。
それが私の・・・いや私達の、"当然"だった。
・・・しかしは、違う。
"戦をする、しない"・"殺す、殺さない"とは、無縁の世界で生きてきたは、
きっと今、身を切られるほど辛い思いをしているのだと思った。
人を殺す覚悟もまだ出来きらないような娘が、私が逃げ易いように、敵を1人で引き付けてくれた。
敵将ともやりあった。
・・・どれほど、怖かったことだろう。
そのに、私は何をしてやれる?

『大事な戦女神様だ、しっかり守っておあげ』

ホウ統殿の言葉が浮かぶ。
大事な、"戦女神"。
しかしどちらかと言えば、私にとって、はそうでさえないのではないか。

「まぁ趙将軍!?申し訳ございません!さぁ様も、お礼申し上げてくださいませ!!」
の部屋の戸を開けると、女官が1人飛び出してきた。
奔放なをかいがいしく世話している・・・確か、葵花といった。
彼女は深く頭を垂れると、を寝台へ促した。
「まったくあなたときたら・・・最低明日までは寝ていて頂きますよ、よろしいですね?!」
「・・・はい、ごめんなさい・・・」
大人しく横になったは、"ごめんね、ありがとう"と私に笑みかけた。
葵花ももう一度深々と礼をしたので、私をついし返した。
そういえば、武将とはいえ若い女性の部屋に無断で入り込んでしまった。
私にも、謝る必要性は充分にあった。
けれどそういう雰囲気でもなかったし、2人ともさして大事と思っていないようだったから、そのまま部屋を出た。


「ありがとう、か」

の言葉を反復していた。
本当は、礼を言うべきは私のほうだ。

長坂での戦。

殿や民が無事逃げ延びられたのは、他でもないのお陰なのだと、今日の朝議で聞かされていた。
私が阿斗さまを助けに単騎で駆けたせいで、浮き足立った軍。
私の勝手な行動にお怒りになった殿。
つい感情的になられたのを、止めたのは
将に、兵に、そして民に、平静を取り戻させたのが、だと。
初めて戦に出るような娘が、たった数言で、蜀の人間全ての精神を支えた。
そしてたった1度の戦で兵の信頼を得、将軍として慕われるようになった。
こんなことが今まで誰に・・・誰に、可能だったろう。
自分の腕を斬るのも、そう簡単に出来ることではない。
それを聞いた時は、流石に鳥肌がたった。
そこまでに、潜在的な勝利への執着心が備わっているのか、あのひどく頼りなげに泣く娘に。
・・・しかしなんにしろ、は私を信じてくれた。
私が必ず無事で戻ると、強く。
不思議な、気分だった。
人に信頼されるのは、こんなに心地良かったろうか。
「礼の言葉など、お前にはいらんだろう、
私が今、無傷でここに居る。
阿斗さまも、無事だ。
"感謝"でも、ましてや"借りが出来た"なんて薄っぺらな言葉でも、表せない。
けれど"ありがとう"と簡単に言ってしまうのも、なにか違う気がした。
に何を言えば良いか分からないし、何をしてやれば良いかも分からない。

「戦女神を護る騎士、というのも、悪くはないだろうな」

美しく手入れされた庭で呟くと、笑みがこぼれた。
とにかく、私は私のしたいことをしよう。
花に喜んだのか、背中で阿斗さまが明るく笑った。
、お前はこの阿斗さまとも、違う。
このテの話には縁が無かったが、今の私の状態を、人々が何と呼ぶのかは、知っていた。

「私はお前を、愛しているのだろうなぁ、・・・」

口に出してみると、妙に照れくさかった。







 子 守 ! ! !(落ち着いて)
最後の台詞がどうしても書きたかったのです。

ホウ統のホウが、ブラウザだと文字化けしちゃうので、渋々片仮名です・・・orz