長坂で盲夏候を破った娘が、蜀で"戦女神"と呼ばれていること。
とにかく武が強く、そして親しみやすい娘であること。
どこか別の世界から飛んできたらしいこと。
これが、今のところ判明した""の人物像だった。
「さぁて、そろそろ城まで覗きに・・・」
呂蒙が肩を鳴らし、4人が歩き出そうとしたとき、隣の道から怒声がした。
周囲はもちろん、4人もキョロキョロ見回した。
しかしどうも、蜀の民はその声に聴き覚えがあるらしかった。
みな口々に、"女神さま"・"さま"と呟く。
それを聞き逃す4人ではない。
一斉に、声のした方へ、走った。
「魏の山賊が、たかが蜀の国主サマにひれ伏すかよ!!」
今度は頭の悪そうな声が響く。
やっと現場に辿りついた4人は、のほかに1人の女と、5人の男を見つけた。
男のうち2人が女を拘束し、女は震え、目的であるは男たちを睨みつけている。
この場面を見て、一体何があったのかを聞くような人間はいない。
一目瞭然というものだ。
「異国の都であのような狼藉を・・・あの者達に魏を名乗る資格などありませんわ!!
張将軍、あの大馬鹿どもを斬りに参りましょう」
甄姫の怒髪天を衝き、それを張遼が必死で止めた。
張遼とて、今ここで斬り捨ててやりたいのは山々だが、騒ぎを起すわけにはいかない。
の後ろには、錦馬超と老黄忠が控えている。
ここは見守るのが得策だ。
それを告げると、甄姫はハッとしたように静かになった。
「あ、どうも1人で始末するらしいですよ。ご大層な戦女神さまとやらの、お手並み拝見といきましょう」
陸遜が顔の辺りのマントを少しずらして、言った。
その口元は不敵な笑みで彩られ、"反対意見は却下ですよ"とでも言いたげだった。
4人はに視線を戻す。
そこでは、とにかく生まれてきたことさえ後悔させてやると怒鳴っていた。
なんて迫力、そして剣幕。
・・・というより、なんて庶民的な怒り方をする女神さま。
これにはさすがの賊も驚いたようで、しばらくキョトンとしていた。
そしてに飛び掛った賊は全て、瞬く間に地にへばりついた。
「・・・なんてこと、大の男が5人かかってあのザマ・・・!!」
「ひゅう、やるねぇ!まさに蜀にあり、だな」
たった5人を相手にしただけでも、の腕は明確に示された。
武をたしなむ程度の者でも、それくらいのことは体感できる。
将として軍を率いる4人なら尚更だ。
賊もやっとそれに気付いたのか、吹っ飛ばされて痛む身体を無理矢理起して、ちりぢりに逃げていった。
「2度と来んな、ボケェェェェェェッッッ!!!!」
市に木霊したのは、の叫び声・・・。
「私、彼女となら仲良くなりたいわ。あんなに無茶苦茶な娘、見たことありませんもの」
「・・・そうおっしゃると思っておりました・・・」
美しく装飾の施された廊下を、甄姫と張遼が歩いていた。
もうすぐ曹操や、他の武将が待つ会議室に着く。
これから、偵察の報告をすることになっていた。
"と友になりたい"と言い出した甄姫に、張遼は溜息をつきながら、戸を開けた。
「待ちわびたぞ、張遼、甄姫」
会議室に入ると、曹操が2人を出迎えた。
早く報告せよとせかされて、礼を満足にし終わらないうちに、張遼と甄姫は前へ出た。
そして話が進むにつれて、将軍達の顔は驚いたり、険しくなったり。
しかし曹操の表情だけは、ニヤニヤと楽しそうだった。
「・・・おい孟徳?お前まさか「張遼、新しい仕事だ。もちろん、やってくれるな?」
「・・・・・・は・・・?」
ちょうど同じ時刻、呉の都。
今度は呂蒙と陸遜が、ズンズン足を進めていた。
「戦女神というからゴツいのかと思ったら、すごい美人だったな。・・・それにあの武だ」
「確かに整った顔でしたがねぇ・・・僕、生憎年上にキョーミ無いんですよ」
「・・・なぁ陸遜、一体何の話をしてるんだ・・・」
呂蒙はまた腹を押さえた。
まったくお前はどうして、そんなに俺を苦しめたいんだ、と言うように目線を送って、深く溜息をつく。
魏と呉という敵国同士でなければ、あの張遼と良い友になれただろうに。
"魏に下ろうかな・・・"という考えを吐き出すように、呂蒙はもう一度、溜息。
「なんですか呂蒙殿、さっきから溜息ばかり・・・今から報告なんですから、しゃんとしてくださいよ!
ほらっ!!」
背中をバシンと叩かれて、呂蒙は激しく咳き込んだ。
胃液を通り越して、すい液まで吐いてしまうのではないかというほど、マズい咳だった。
「あれ、何か変な病気ですか、呂蒙殿?」
聞きとがめられてはたまらない、"誰のせいだよ"と頭の中で毒づいて、呂蒙は戸を開けた。
そこに待つのは、主だった呉の武将達。
互いに礼をし合うと、呂蒙と陸遜は席に着いた。
「ご苦労だったな呂蒙、陸遜」
まず孫権が口を開き、全員がもう一度、ねぎらいの意味で礼をした。
それに続いて、周瑜が呂蒙を見る。
「聞きたいことは1つだ。呂蒙、お前はをどう見る?」
「生い立ちは理解できません。まぁ長くなるのでそれは後々申し上げましょう。
とにかく二喬に劣らぬ美と、あの鬼神・呂布を思わせる武。そして尋常でない統率力。
まさしく才色兼備の戦女神と言えましょうな」
めずらしく真面目に、陸遜が同意した。
興味が無いだのはぐらかしたものの、やはり驚きを禁じえなかったようだ。
「・・・魏は南下傾向にあり、蜀は絶大な戦力を得た、か・・・。好機だな」
周瑜は勝ち誇ったように笑うと、"今こそ実行の時"と、将に命じた。
そして孫権がうなずくと、周瑜は立ち上がり、動き出した将軍達を止めた。
「・・・もう1つ、私に策がある。みな聞いてくれ」
あー、呉の策略が・・・こわい。
南下する魏への策といえば、あれしかありませんよね。
でももうちょっと先になると思いますが。
お手並み拝見、の陸遜は落書きにアプしてます。