「、あの鍛冶屋への行き方を覚えているか?」
あの秘密の酒宴から1週間経ったある日、劉備がを呼び止めた。
鍛冶屋、つまりが市で山賊を飛ばしたあと、馬超と黄忠に連れられて行った場所だ。
何でも、国1番の職人が居るとか。
が"はい"と答えると、劉備は満足げに笑んだ。
そして書簡を手渡すと、に遣いを申し付けた。
以前預けた武具を引き取り、そしてこの文をそこに居る職人に差し上げなさいということだった。
・・・というわけで、は今1人で町を歩いている。
昼間だけあって、賑わいは最高潮に達していた。
そこにが通りかかると、自然に道が開かれる。
昼から酒を飲み、飲み、顔を赤くした男達も、酔いが醒めたように頭を下げた。
民が何か差し上げましょうというのも全て断って、は書簡を大事そうに抱いて歩いた。
そして街の外れ、鍛冶屋に近づくにつれて、人通りが少なくなる。
もう少し行ったところに、あの奇妙な鍛冶屋が住んでいる。
人が好きなくせに、"人が居ると集中できない"と言ってわざわざ郊外に居を構える好々爺。
黄忠とは旧知の仲らしく、それは嬉しそうに迎えてくれた。
さてしかし、1人で向かう今日はどうだろうか。
いよいよ人がいなくなりだしたとき、は足を止めた。
鍛冶屋の家は目の前にある林の中だ。
立ち止まるには早い。
「さっきからずっと私の後ろに居るけど、何か御用?」
振り返って、右側の家に向かって言った。
人は居ない。
しかしが、微かな気配を逃すはずも無かった。
しばらく静寂が流れたのち、突然人の気配が増幅した。
息を殺すのをやめたのだろう、2人居る。
が見つめる家の裏から、砂を踏む音がした。
「どうも俺らもまだ未熟らしいな、こんなに簡単に気付かれるとは・・・。ご存知だろうが、呉の呂子明だ」
背の高い、無精ひげの男が言う。
特徴のある声だった。
一方低い方、明らかに不機嫌な顔をしているのは・・・。
「フン、あなたのせいで偵察などに遣られて、報告の為に戻った途端また蜀にとんぼ返りですよ。
まったく・・・あなたのような小娘が、一体何ほどのモンですか、忌々しい!!」
「陸遜!!!!」
またそうしてお前はいつもいつも・・・と呂蒙が溜息をつく。
当の陸遜はもうそれさえ慣れっこのようで、ほとんどまともに聞いていないようだった。
しかし呂蒙とて怒らせれば怖い。
そっぽ向いてけだるそうに、"同じく、呉の陸伯言"と呟いた。
しかし出会い頭に突然暴言を吐かれたは、まだよく状況が読めていない。
まずこの2人・・・呉のブレーンたちが、何故こんなところに。
がボッとしていると、陸遜がマントを翻してツカツカと詰め寄ってきた。
「ちょっと、馬鹿にしてるんですか。この私達が名乗って差し上げているんですけど?」
ズイと顔を不要なまでに近づけると、陸遜が、これでもかと言うほどふてぶてしく言った。
ゆっくり近づいてくる呂蒙は、また溜息だ。
彼も彼で、もう諦めている。
名前にそぐわず謙遜することの無いこの美少年。
誰か止めてやって欲しい。
「あ、ええ、っと。、です。どうも・・・」
「そんなこと知ってます。それよりあなた、自分の置かれてる状況分かってます?戦女神サ・マ」
名乗れと促しておいて、そうすると馬鹿にしたように見下した。
戦女神のフレーズをわざわざ強調してみせる。
明らかにイヤミだ。
しかしそう言われても、何が問題なのか分からない。
の頭は、呂蒙や陸遜と見えたことで一杯なのに・・・。
そうだ、やっと他国の将、しかも智将に会えた。
一体この状況の何が悪いのだ。
(あ、れ・・・呉。・・・他国・・・・・・)
の表情が、乱れた。
"あ、やばい"
感情が容易に読み取れる。
呂蒙が陸遜の後ろに立って、"やっとお気づきか"と小さな声で言った。
ゲームで、本で親しんできただけに、警戒心が薄れていた。
自分はここでは異邦人で、良くも悪くも注目の的。
そして何より呉は、敵国なのだ。
が1歩あとずさろうとするのを、陸遜が止めた。
"まぁ落ち着いて、何もしませんよ"などと言いながら、シッカリの腕を拘束している。
そしてもう片方の手をの顔に沿わせた。
・・・まるで女でも口説くような姿勢だった。
今まであれだけ貶しておいて、今更口説くのも可笑しい。
何かたくらんでいるのか。
しかしどうもウトいは、陸遜や呂蒙の一挙手一投足を注視していた。
「この先にあるのは希代の鍛工・照尖老師の庵と見えますが、何か特別な御用でも?」
「知らない。・・・漢升さまからの書簡を届けに来ただけ」
はもう冷静になっていた。
いつもと全く変わらない調子で、嘘をつく。
とりあえず、当たり障りの無い事を言っておいた。
そして頬に添えられた陸遜の手を払いのける。
そうすると、少し驚いたように、智将たちの表情が動いた。
「へぇ、女神とも称される将軍がじきじきに御遣い、ですか?」
「私がちょうど暇だっただけ。この世界にも早く慣れなきゃならないし」
「・・・さて本当に、それだけ、でしょうか?」
ネチネチと食い下がる陸遜。
は陸遜ほど賢くない。
このまま問答を続けていけば、必ず彼の話術にはまる。
ただ漠然とした雰囲気でつき始めた嘘には、ボロが出易いものなのだ。
「用が無いならもう行く」
「まぁ、ちょっと待ってくれ、女神さん」
林に入っていこうとするを、呂蒙が止めた。
今日初めて、彼は陸遜よりも前に出た。
その立ち姿には、矢張りそれなりの風格というものがあった。
その智将の瞳は真っ直ぐにを見据えている。
視線を合わせたまま、呂蒙はゆっくりと右手で佑妃をさした。
「また近いうち、今度は正式にあい見えることとなりましょうぞ。此度はこれにて、失礼致す」
丁寧に礼をした呂蒙に、陸遜が続く。
つられて礼を返したは、素早くきびすを返して、林の中に消えた。
顔を上げた2人はそこから動くでもなく、その背中を見送る。
「弓しか持たない戦女神と、希代の鍛工か。何かあるな」
「・・・えぇ、まさかあの、漢室に伝わるアレが・・・?」
「そうかもしれん。・・・しかしまぁ、目先の問題は午後からの謁見だ」
周りには誰も居なかったが、2人は自然と低い声で話した。
話の内容がそうさせたのかも知れない。
2人はしばらく沈黙を守った。
「・・・にしても、私とあの至近距離になって眉一つ動かさないなんて、あの女、枯れてますよ。
ぜっっっったい、人間じゃナイッッッ!!!」
「ちょ、そういう話じゃ、ない・・・ぞ・・・」
最後の最後で緊張をぶち壊してくれた美少年に、呂蒙はまた腹を押さえた。
おおおおおおおおおおおおおおおい!!!!!
やっと他勢力とまともに会話したよ!戦場じゃないよ!!
やっと夢らしくなってきた・・・ホッとしているあたしを誰か殴って。
今回からオリキャラの照尖(しょう せん)爺が登場です(名前だけですが)
とても愛が篭ってるのでこれからどんどん出張る気がします。