やわらかい絨毯の上に据えられた玉座に、その男は居た。
威風堂々とした、それでいてどこか頼りない空気をまとうその男。
若き江東の虎、孫権その人である。
大都督周瑜と側近周泰が左右に立ち、周りには数々の重臣たちが控えている。
関羽・姜維・、そして葵花は、その前に跪き、拝礼する。
「よくぞ参られた。私が呉の君主、孫仲謀である」
真っ赤な君主が、真っ直ぐに前を向いて発声した。
高めでよく通る声。
頭を下げたまま、たちは順に名乗る。
「ご足労頂けるとは、まことに恐悦至極」
自己紹介を終えた後、周瑜が一歩前へ出た。
「御三方にご足労願ったのは他でもない。
南下する曹操軍を共に迎え撃つ為、巴蜀と我らが孫呉、2国が堅固なる友好関係を結ぶことだ。
しかし、我らと蜀はいまだ共闘態勢をとったことも、同盟を結んだこともない。
そこで、曹操軍との戦いの前にそれぞれの寵臣を相手国へ送り、丁重にもてなすことで、真摯な姿勢を示すという手段を、
失礼ながら提案させて頂いた次第。ご了承願いたい」
周瑜はそこまでを一息で述べると、優雅に一礼してもとの位置へ戻った。
そして周瑜は、ゆっくりと蜀からの面々を見回す。
葵花、、姜維、関羽・・・そして最後にもう一度、姜維を見下ろした。
知謀の士としてはまだ若く、頼りなげな青年の顔を見て、周瑜の美しい唇が勝ち誇ったようにつりあがった。
何か含みを持った彼の笑みに、そして呉将たちの空気に気づいたのは、危機感を持って謁見をしていた姜維しかいなかった・・・。
「どうだい女神さん、気に入って頂けたかな?」
特別に用意された部屋にを案内する役割をかってでたのは、凌統だった。
彼はの手を取って案内役を引き受けたのだが、その動作があまりに自然で、口うるさい葵花でさえ引き止める気が起きなかったほど。
女性のエスコートはお手の物、といったところである。
「ええ、ありがとう。えぇ、と」
「公績だ、女神さん。
いやしかし、戦女神さんて言うからどんな筋肉女が来るかと思ってたけど、めったやたらに美女じゃねぇの。驚いたよ」
言いよどんだ妃に、凌統はすかさず、にこりと笑って答える。
その容姿を賞賛するのも、忘れずに。
「あの、め、女神さんはちょっと・・・」
困ったような声を出したに、凌統は笑みを崩さずに続けた。
「そうだったな、これからはしばらく一緒に生活するんだ。女神さんはないか。よし、じゃあ改めてよろしく、」
「っあ、はぁ・・・よろしく、公績」
凌統はこれでもかと言うほど甘い笑顔で、の肩に手を置いた。
驚いたはさっと身を引いて、笑顔を作った。
それを見た凌統は、やはり楽しそうに笑っている。
「まぁそんなに警戒しなさんなって。俺も他の将軍たちも、に興味津々なのさ」
肩に置いた手をぱっと離し、そして凌統は部屋から出ていった。
よかったらあとで一緒に鍛錬をしよう、と誘って。
凌統が出ていって、ようやくゆっくりと寝台に腰を下ろすことができたは、大きく息を吐いた。
長旅の疲れと謁見の緊張がどっと押し寄せて、疲労困憊といった風だ。
しかし、幼いころから高熱でも出ない限り日々鍛錬を欠かさなかったの体は、動きたいとうずいている。
せっかく新しい鍛錬相手がたくさん増えたのだ。
早く手合わせをしてみたい。
「よしっ」
ぱん、と膝を叩いて、立ち上がった。
を凌統にさらりとかっさらわれた関羽たちは、女官たちにそれぞれの部屋へ案内され、一息ついたところだった。
「あ、葵花さん!」
「あら姜維様、様をお見掛けになりませんでしたか?」
早々に部屋を出て城を歩き回っていた姜維と葵花が、廊下でばったりと顔をつきあわせた。
「いや、それが私も探しているところで・・・」
顔を曇らせて、姜維が答えた。
あっという間に凌統に連れ去られてしまったをハッとして追いかけようとしたときには、
もう自分たちに案内役の女官がついていて、それはかなわなかった。
とりあえず自分にあてがわれた部屋の近くをうろうろと探し回ってみたが、の姿はまったく見つけることができなかった。
諸葛亮が「万に一つ害されることはあるまい」と言ってはいたが、
女性の身である葵花からすればやはりまだ不安が残ると見えて、心配そうに眉根を寄せ、きょろきょろとあたりを見回す。
「・・・もしかしたら」
姜維の頭に、ひとつの考えが浮かぶ。
それを口にすると、葵花もそうかもしれない、あぁ呆れたとばかり、溜息。
「では、私が見てきましょう。葵花さんは慣れない長旅でお疲れでしょうから、どうぞ部屋へ戻っていてください。
予想が間違っていれば、すぐお知らせします」
「・・・ええ、では、お言葉に甘えさせて頂きます」
葵花は少しためらった様子を見せたが、姜維の勧めに従って、自室へときびすを返した。
(・・・さて、見つからないのは、ただの鍛錬好きが原因ならばいいのですが)
姜維は、葵花が部屋に消えてから、さらに暗い表情になった。
諸葛亮、ホウ統との密談で、が害されることは無いと確信している。
それはの武がめっぽう強いということも手伝って、さらに強く確かなものとなっているけれど、
姜維が心配なのはそんなことではない。
蜀が誇る知謀の士3人が3人とも奥歯をかたく噛み締めることとなった、呉の真意。
それが一番怖い。
それを成就させないためにも、を視界から外すのは、できる限り避けたいのが姜維の心境だ。
しかし、あえなく出鼻をくじかれてしまった。
がもし鍛錬場にいなければ、いくら悔やんでも悔やみきれない結果になってしまうかもしれない。
姜維は、足を速めた。
凌統・・・w ちがいますよ、凌統大好きですよ私!!
ただ、ちょっと気持ち悪いノリの凌統が好きなだけで・・・。
しかし、あのこわい陸遜が出てこないだけでホッとしますw